東海道五十三次の最近のブログ記事

小田原宿を通過

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日本橋を出発し23日目、小田原宿を通過。

 

小田原宿@東海道五十三次by歌川 広重

小田原宿

小田原宿:江戸を発ち東海道を西へ二十里余、品川宿より数えて九番目の宿が小田原宿です。今の神奈川県小田原市にありました。かつて関八州を統一した後北条氏の城下町として繁栄した小田原は、関東への出入り口として重要な拠点であり、日本橋から出発して、2泊目の宿として利用され、難所であった、箱根越えが控えているため、また、超えてきた人は疲れを癒すため、非常ににぎわっっていました。名物にかまぼこ、梅干しがあります。

 

酒匂川かち渡しby歌川 広重

酒匂川かち渡し

酒匂川かち渡し:江戸時代、小田原を流れる酒匂川には橋がなかったため、旅人は渡し場から川越し人足によって川を渡らなければななりませんでした。雨が降り続き、水深が胸あたりになると、「川留め」となり、川を渡ることが出来ませんでした。

 

僧兵ダイエットプロジェクト:東海道五十三次踏破大作戦

8月13日(土)
進んだ距離 1里(4km)
現在位置、日本橋から21里32町(86km)
小田原宿を通過。
次の箱根宿まで、4里4町(16.2km)
三条大橋まで111里13町(437.4km)

体重 85.3kg(前日比:プラスマイナス0kg)
現状維持です。
目標まであと3.6kg

大磯宿に到着

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日本橋を出発して17日め、昨日、一つ前の平塚に到着したばかりですが、もう次の宿場です。

 

大磯宿@東海道五十三次by歌川 広重

大磯宿

大磯宿:東海道五十三次の8番目の宿場で、今の神奈川県中郡大磯町にりました。
江戸寄りの平塚宿との間はわずか27町(2・9?)と短く、南側の海と北側の山に挟まれた細長い町並みで、宿場としてはどちらかといえば、寂れた宿場の一つであったようです。それにしても、短いですよね。


僧兵ダイエットプロジェクト:東海道五十三次踏破大作戦

8月7日(日)
進んだ距離 1里(4km)
現在位置、日本橋から17里29町(70km)
大磯宿を通過
次の小田原宿まで、3里34町(15.6km)
三条大橋まで115里16町(453.4km)

体重 85.8kg(前日比:マイナス0.3kg)
とりあえず300gは減りました。休むとやっぱり増えますね。
目標まであと4.1kg

平塚宿通過

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日本橋を出発し16日目で平塚宿に到着です。ここまで、約66kmあります。

 

平塚@東海道五十三次by歌川 広重

平塚宿

平塚宿:東海道五十三次の7番目の宿場で、現在の神奈川県平塚市にありました。
北条氏の築城で発展した町で、相模川を利用した物資の集散地でもあり、東海道や中原往還、八王子街道の交通の要所として栄えました。

山の間から遠く富士山が見えます。

 

僧兵ダイエットプロジェクト:東海道五十三次踏破大作戦

目標を決めていなかったことに、ふと、気が付きました。
やはり目標がないと。
ということで、スタート時の体重を、京都三条大橋に着くまでに
5kg減ということにします。と言うことは81.7kgです。

8月6日(土)
進んだ距離 1里(4km)
現在位置、日本橋から16里28町(66km)
平塚宿を通過
次の大磯宿まで、22町(2.5km)
三条大橋まで116里16町(457.4km)

体重 86.1kg(前日比:プラス0.5kg)
2日間休んだので500g増えてしまった。まずい!
目標まであと4.4kg

現地視察、2箇所目。

 

谷保駅

谷保駅:もともと、「やぼ」と呼ばれていたようで、「やぼったい」に通じることから「やほ」になったようです。谷保天神は「やぼてん」?

 

やぼろじ

やぼろじ東京郊外・国立市谷保、甲州街道沿いに、江戸時代からの旧家があり、約320坪の敷地には、手つかずの母屋と大きな樹木が、残されていました。
地主・地域住民・専門家・職人・学生や子どもたちと協働で、この場所の再生・活用計画の検討をスタートさせ、カフェ、工房、ガーデン、オフィス、シェアハウスを運営しています。

シンボル

シンボル:立派な杉の木。来場者を出迎えてくれます。

オフィス

オフィス:WAKUWORKS 一級建築士事務所の事務所。もともとは、ここのお宅は医院を営んでおり、その診察室の後をオフィスに立て替えてあります。

 

アート

アート:さり気なく置かれた石に書かれたチューリップ。

 

ののカフェ

ののカフェ:居場所、コミュニティガーデンを運営している「野の暮らし」が、働く場としてひらいたコミュニティカフェ。

 

足ふみミシン

足ふみミシン:ののカフェの昔懐かしいミシン。奥には、診察室の長いすが。

 

観音様

観音様:庭を改修中に掘り出された観音様。なぜ、埋まっていたのでしょうか?

 

蔵

蔵:今は物置として使用しているそうですが、少しもったいないような気がします。

 

僧兵減量プロジェクト:東海道五十三次踏破大作戦

7月29日(金)
進んだ距離 1里(4km)
現在位置、日本橋から12里26町(50km)
次の戸藤沢宿まで、16町(1.8km)
三条大橋まで120里19町(473.4km)

体重 85.9kg(前日比:マイナス0.3kg)

少し減量に成功!!ダイエット、ダイエット!

戸塚宿通過

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日本橋を出てから12日目で、戸塚宿を通過。本来なら1日目に宿泊地のようですが。。。

 

戸塚宿@東海道五十三次by歌川 広重

戸塚宿@東海道五十三次by歌川 広重

戸塚宿:東海道5番目の宿で、相模国最初の宿です。今の神奈川県横浜市戸塚区(吉田・矢部・戸塚の三村で成立)にあり、日本橋から旅程がちょうど一泊目の距離にありました。旅籠数が五十三次中、小田原宿に次ぐ規模だったよです。かまくら道、八王子道との分岐点であることから、東海道の旅人だけでなく、大山(丹沢)や鎌倉への参詣客でもにぎわっていたと言われています。

 

焼餅坂by2代目広重

焼餅坂:坂を登って一息ついた旅人を相手に、 坂の名の由来と言われている名物の焼餅を売る茶店が開かれていました。二代広重作

 

Aランチ@大学校

Aランチ:豚肉となすのピリ辛炒め。450円

 

僧兵減量プロジェクト:東海道五十三次踏破大作戦

7月28日(水)
進んだ距離 1里(4km)
現在位置、日本橋から11里25町(46km)
戸塚宿を通過
次の戸藤沢宿まで、1里17町(5.8km)
三条大橋まで121里20町(477.4km)

体重 86.2kg(前日比:プラスマイナス0kg)

現状維持。ダイエット、ダイエット!

 

 

神奈川宿通過

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歩き始めて8日、神奈川宿通過しました。

 

神奈川(台之景)@東海道五十三次by歌川 広重

神奈川宿(台之景)

神奈川宿:東海道五十三次の3番目の宿場です。今の神奈川県横浜市神奈川区神奈川本町付近にあり、付近には神奈川湊がありました。なお幕末には開港場に指定されましたが、実際に開港したのは対岸の横浜村(現在の中区関内地区)ため、開国以降次第に商業の中心はこの横浜村に移っていったようです。

 

神奈川沖浪裏@富嶽三十六景by葛飾 北斎

神奈川沖浪裏

神奈川沖から見た富士山。波の躍動感と、たたずむ富士山、静と動を描いたのでしょうね。

 

チキン南蛮

25日のランチ:B定食、チキン南蛮タルタルソース添え。500円。

 

研修初日のため、交流会があり、夜は歩けませんでした。朝は、3km程歩けました。しかし、交流会終了後、二次回もあったので、現状維持です。ダイエットは、足ふみ状態です。

 

僧兵減量プロジェクト:東海道五十三次踏破大作戦

7月25日(月)
進んだ距離 27町里(3km)
現在位置、日本橋から7里32町(31km)
神奈川宿を通過
次の保土ヶ谷宿まで、32町(3.5km)
三条大橋まで125里13町(492.4km)

体重 85.8kg(前日比:プラスマイナス0kg)

 


 

川崎宿に到着。

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歩き始めて5日目、川崎宿を通過しました。

 

川崎宿は、東海道五十三次の2番目の宿場です。 武蔵国橘樹郡川崎領(現在の神奈川県川崎市川崎区)に置かれました。厄除けで有名な 川崎大師に近く、参拝客で賑わいました。 多摩川は、矢口や丸子の渡しを利用して渡っていました。
本陣2軒、脇本陣なし、旅籠72軒。

 

川崎 六郷渡舟@東海道五十三次by歌川 広重

六郷の渡し

六郷の渡し:旧東海道における八幡塚村と川崎宿の間を結ぶ重要な渡船場。古くから橋はあったようで、慶長五年(1600)には家康が架け慶長十八年(1613)頃にも架け替え工事の記録もあります。その後貞享五年(1688)の洪水で流失してから橋はかけなくなり、もっぱら渡船が用いられたようです。

 


東海道 川崎

 東海道 川崎:2代目歌川 広重の作。初代歌川広重の門人で、姓・鈴木または森田、名・鎮平。立斎、立祥、喜斎とも号しています。 

 

僧兵減量プロジェクト:東海道五十三次踏破大作戦

7月15日(金)
進んだ距離 1里(4km)
現在位置、日本橋から5里3町(20km)
川崎宿を通過。
次の神奈川宿まで、2里14町(3.4km)
三条大橋まで128里6町(503.4km)

体重 85.2kg(前日比:マイナス0.5kg)

品川宿通過

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日本橋を出発し3日目、品川宿に到着。

 

品川 日乃出@東海道五十三次by歌川 広重

品川 日乃出

品川宿:東海道五十三次の宿場の一つで、東海道の第一宿です。中山道の板橋宿、甲州街道の内藤新宿、日光街道・奥州街道の千住宿と並ん江戸四宿と呼ばれていました。

 

東海道品川御殿山の不二 @富嶽三十六景by葛飾 北斎

東海道品川御殿山の不二

御殿山:江戸時代初期から元禄にかけて将軍家の鷹狩りの地となり、休息所として品川御殿が設けられました。享保年間には庶民に開放され、桜の名所として賑いますが、幕末には品川台場築造の土砂採取で一部が切り崩され、明治に入ってからは鉄道施設工事によって御殿山は南北に貫く切り通しとなり、桜の名所としての面影はなくなってしまいました。

 

僧兵減量プロジェクト:東海道五十三次踏破大作戦

7月13日(水)
進んだ距離 1里(4km)
現在位置、日本橋から3里1町(12km)、品川宿通過
次の川崎宿まで、1里31町(7.4km)
三条大橋まで130里7町(511.4km)

体重 86.1kg(前日比:マイナス0.1kg)

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